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全国9980位約750人
全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)に占める割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
下郡(しもごおり)は上総、陸奥などにある地名である。1大友氏族は豊後の豪族で、大友系図に「大友能直の子帯刀左衛門尉時直(下郡と号す。下郡、鶴見、久保、得永、帯刀などの祖」とある後代である。2安倍氏族は奥州下郡より起こる。下郡は下国に同じく、津軽地方を言う。この氏のことは、アベ、アンドウなどの条を見よ。3秀○○藤原姓津軽氏の祖は鎮守府将軍藤原基○の第二子・下郡左衛門尉秀栄から藤太賴秀に至り家が衰えたという。
下郡シモゴホリ上總、陸奥等に此の地名あり。1大友氏族豐後の豪族にして、大友系圖に「大友能直の子帶刀左衞門尉時直(下郡と號す。下郡、鶴見、久保、得永、帶刀等の祖」とある後也。下郡と2安倍氏族奥州下郡より起る。は下國に同じく、津輕地方を云ふ。此の氏の事、アベ、アンドウ等の條を見よ。3秀〓〓藤原姓津軽氏の祖は鎮守府將シモコホシモサカ二九二コ軍藤原基〓の第二子·下郡左衞門尉秀榮藤太賴秀に至リ家衰ふと。
原文は文語体のため、AIで現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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